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内向型人間の生きる道

内向型人間の生き方として考察した事を書いています。

ひきこもり支援者の講演会に行ってきました。

先日、試験終わりに、僕がおとづれているひきこもりの居場所の世話人の方の講演会に行ってきました。

場所は姫路で、だいたい40名ほど。そこには家族がひきこもっているとか、いのちの電話にボランティアとして携わっている人、一般人など様々な方がいらっしゃいました。

 

語りたくない過去・苦悩

その方がおっしゃっていたのはひきこもりの人・支援者は語りたい過去しか語っていないという事です。よくメディアや本で取り上げられるのは、きれいにひきこもりを脱して成功した人や支援者のメディア向けに語られる都合の良い過去・苦悩ばかり。本当に語りたい事は当事者は語っていない、という事です。

その例としての出来事がすごかったです。ひきこもっていた場所を燃やし、親の名字を理由は分からないけど、嫌い、裁判所で名前を変えた人、弟が30年間ひきこもったあげく遠い首都で著名人への脅迫で逮捕された人など生々しい現実がありました。そういった人達の事はメディアでは取り上げられません。

そういった声に耳を傾ける事が大事だとおっしゃっていました。

最後は家族

支援者の仕事は家族と本人を向き合わせる仕事だとおっしゃっていました。例えば15年間ひきこもっていた人の弟が相談にきました。その人は家の母屋とは違う、離れた物置小屋に住んでおりもうコタツの中にずっとうずくまっていたみたいです。保健所さん、精神科医があたっても駄目らしく、ついに「小屋を空ける」という事になりました。弟・父・保健所の人・支援者・万が一のための警察官を連れてその前に来ました。そこで母親が支援者にバールを渡したらしいです。すると支援者の方が「それは違う。家族にやるべき事じゃない。あなたたちがドアを開けてください。そして優しく声をかけてください。」と。

そして弟と父が小屋を開けました。簡単に開いたらしいです。「お兄ちゃん、助けにきたよー」「(息子の名前)大丈夫かーもう平気だよ」コタツをはがすと当事者がうずくまっていました、ちくしょーって叫びながら。そのまま二人で抱きかかえて、居間に連れていきました。「お願いがある。一つは二階があるからそこでひきこもってくれ。二つ目は必ず食事はこの居間で食べる事」

その日から当事者は食事をとるようになり、小屋は解体されました。

家族と当事者の役割の触媒としての支援者みたいです。ただその当事者の心をとかし家族と向き合わせるのは並大抵の事ではありません。

中高年引きこもり当事者とその家族をどうするか?

これはもっかの課題みたいです。これからその方は中高年ひきこもりを支援する市民の会を作るみたいです。障害者でもなく、かといってそういった人達を受け入れてくれる企業があるか、どうか。

現在は非公式ですが、そういったご家族と当事者が集まる場所を作って食事会を行っているみたいです。

この事に回答はまだないみたいです。就労支援施設の長も来ておりそういう従来の就労支援にのらない新たなオルタネイティブな形を作る、みたいな事は言ってました。C型みたいな。

それにしてもこの方はあちこちに支援組織を作ったり、自腹で家族を援助したりすごいタフだなと思いました。それなのに笑顔で冗談ばかりいって。

終わった後も打ち上げにいったのですがその間にも一件、ひきこもりの若者への訪問をしていて本当、すごいなとおもった次第であります。

 

 

 

ひきこもり新聞3月号を読んで。~中高年のひきこもり~

 

今回、初めてひきこもり新聞3月号を買ってみた。恥ずかしながら親に頼んで・・・。

記事は①元ひきこもりの芥川賞作家の田中慎弥氏のインタビュー②40代女性並びに中高年者のひきこもりのインタビュー③ライブプランニングに関しての専門家のインタビューという内容でした。

自分が関心があったのは中高年のひきこもりの話でした。人から放ってもらっても平気な女子高校の生活から、自分から関係作りをしなくちゃならない大学生活で引きこもってしまった事、貧乏なアルバイト生活から抜け出して東京で生活保護を受けるようになった事など様々な事が生々しく書かれています。

僕が興味深かったのは「自分はなにか才能があるんじゃないか?という自己愛や肥大した意識が自分の中に膿んでくる」と書かれていた事です。これね、俺も分かるんですよ。何かを表現したいんだけどそれが分からずモヤモヤしてくる、というか。けどこれ行き過ぎると頭の中だけdの世界で終わってしまう可能性があるので注意すべきだと思います。妄想は麻薬と一緒だから。少しだけならいいけど。

もう一人は、男性の当事者でこの人も生活保護を受けているみたいです。この人は家庭に問題があってそれを今でも抱えているという典型的なひきこもりのケースだと思います。この方の話で興味深いのは他のひきこもり当事者が餓死している話をちょくちょく耳にするケースです。俺もこれは以前、ひきこもりの現場をおとづれた時に話を聞きました。

二人とも最終的にどうひきこもりが世間に迷惑をかけないまま生きていけるか?という結びで話が終わっています。そしてその話はおそらくまだ回答は出ていません。

 

 

とにかく初職に就ける事が大事なのかも・・・

元ひきこもりの方々が集まる居場所に何度かお邪魔させていただいた。その中で感じるのは、「初職が大事だという事だ。」

最近もそういった場所に出向いて、人と出会った。その方はもう就職が決定しており、今はその居場所から離れるらしい。

なんでもその居場所兼NPOにかつて雇われていて、その場所がなくなり就職活動をして決まったらしい。そこで様々な経験をした事が現在の仕事につながり、自信もつきアピールできたらしい。

ニートやひきこもりから脱出するには面接を通過しなければならない。しかしそういった人々はアピールが苦手だ。特に職業経験が希薄な場合、アピールできる事も少ない。

そういった人をまず雇ってあげるなんてできないだろうか??

そうすれば職歴もつくし、自信もつくしね。

ただこういった事をアピールしたら資本主義警察に捕まりそう、甘ったれんなとかね。うわー逃げろー

飽きっぽい、とはどういう事か??

僕も含めてニートとかになりやすい人って「飽きっぽい人」が多い気がします。もちろん、そういう人の中には病気だったりするケース(発達障害とか)もあるので一括りにはできないけど、そういう傾向があると思う。

僕は「飽きっぽい=研究対象・実験対象になると燃える人」という事だと思っています。

何度も引用しますが岡田斗司夫さんの「人生の法則」という本での法則型に分類される人だと思います。こういう人はオタク気質で自分の興味のある事に熱中し、そうじゃない事には熱中しないのです。

そして熱中とは、実験対象になるという事です。

例えば僕は映画が趣味なんですが、それはある方から映画の本質を考えろ!という教えを本を通して植え付けられたからです。その本質を自分なりに理解できるまで映画を見続けようと思います。研究対象なんです。ただここがつらいのが人は必ずしも趣味を仕事にできるようにはならない、という事ですね。そういう人はごく一部です。だから

①趣味を仕事にするか ②仕事と割り切れそうな仕事を探し、趣味に没頭するかの二点しかないように思います。前提条件として研究対象はなるべくいろんな事にぶち当たって自力で探すしかないですね。

てなわけで自分なりの飽きっぽい人に関する考察でした。そんじゃーねー

熱中できない事が見つからない・・・

最近、読んだ本で熱中できる事は自分の幼少期、特に幼稚園の頃の自分を思い浮かべれば自分のしたい事が見つかると書いてあった。そこで自分の幼少期はどんな感じだったか聞いてみた。

・友達と常にいたがる

・やりたい事が特にない、熱中できるものがない

以上。

なんか単なるメンヘラというか、ダメな人という感じだ。確かに外遊びをしてた気がするし、ゲームとかも皆がやってるからやってる、みたいな感じだった。また意外と話し上手という事もあったらしい。

根暗・群れるのが嫌い・創造性がある、という自己イメージをことごとく覆してくれる結果だった。

はぁ。一体、何がやりたいんだろう。

京都の好きなインディーバンド。

最近、音楽を漁っているんだけど京都のバンドがすごく良い。世の中的にシティポップというものが騒がれていてSUCHMOSとかawsome city clubとかが騒がれてるけどこちらもすごくいいなと思うのです。

 

名古屋と京都のバンドなんだけど、今一番、好きです。90年代のダイナソージュニアとかソニックユースなどに影響を受けてるけどちゃんと自分の音楽になっていてよい。文学ならウィリアム トレバーみたいな人生の悲哀を感じさせるというか。好きです。

 

このバンドはラモーンズパフィーの融合と言ってるけどまさしくその通りですごくポップでパンキッシュでよいと思います。歌詞が思わず笑ってしまって素晴らしいです。

他にもmariana in our headsなどいいバンドがたくさんいていつも検索するのが楽しいです。

 

 

「輝ける闇の光の中で」、「友よ共に未来を生きよう」を読んで~ひきこもる人を支援し続けて20年~

知人の方から、本を渡され、読んでみました。一言でいえば壮絶な本でした。

この本は山田孝明さんというずっとひきこもりの支援をしてきた方の訪問活動を克明に記録、引きこもりの方の手紙や通信も記録しています。この方は京都でライフアートという居場所づくりをしており、現在はその活動をしているかどうかわかりません。

警察の後ろ盾をしつつ閉じられた子供と久しぶりに再会した人、ひきこもりを脱出した後、ホームレスになり復帰した人、ある精神症状を患っている人、30年以上ひきこもった人、地方にひきこもっていてその後、一人暮らしを開始した人、活動中に、劣悪なひきこもり支援施設によって死亡したひきこもりのニュースを見て胸を痛めた事。自死孤独死という結末を迎えた人。

山田さんの落ち着いた語りと、ひきこもりの人の生々しい手紙が胸をうちます。

またこの本は山田さんご自身の人生も書かれていてそれが文学的なにおいがあり、胸を打ちます。

神戸で働いていた時の仕事終わりに見た六甲山の風景に感動した事、ニューヨークで働いた事・・・

ひきこもり支援や、ひきこもりに興味のある方はぜひ読まれてはいかがでしょうか?