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内向型人間の生きる道

内向型人間の生き方として考察した事を書いています。

MY BLOODY VALENTINEとあずま きよひこ

最近、my bloody valentineあずまきよひこの立ち位置が似ていると感じる。

どちらも真のフォロワーがいない、という点で。

マイブラアイルランド出身だが、その音楽の根底にケルト神話があるような感じがする、轟音と恍惚が、桃源郷が混ざる感じがある。そこには妖精が存在する。

マイブラに影響を受けたであろう、アメリカのpains of being heartにはその桃源郷の感じはしない。あくまで轟音があり、乾いている。

あずまきよひこの、あずまんが大王を読むとそこには兵庫県出身のダウンタウン中田ダイマル・ラケットの漫才、そしてピーターシュルツのピーナッツの影響を感じる。

今までのギャグマンガがツービートや爆笑問題コント55号の笑いすなわち東京から発信される笑いとすればあずまきよひこの笑いは兵庫県出身の笑いだ。そして今までのギャグマンガで育ってきた人があずまきよひこの笑いを真似しようとしてもなかなかできない。

いろんな表現を見るときはかならずどういう世界観を作りたいのか、そして何に影響を受けているのか注視する必要があると思う。

 

 

LOVELESS

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あずまんが大王 全3巻 完結セット (少年サンデーコミックススペシャル)

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ネガティブが止まらない。

自分は30代前半なんだけど、このまま正社員になれずに年老いていくのだろうか。もう家庭が持てないのだろうか。自立できないんじゃないだろうか。死ぬんじゃないだろうか。

なんでもっと早く東京に行かなかったんだろう。なんでもっと早く外の世界に出なかったんだろう。なんで・・・・生きるが怖いわ。マジで。年齢という概念はあまりにも重く肩にのしかかってくる。

自宅が嫌だ。外が嫌だ。もう精神的にかなりまいってます。

なんとなく、30代で、いきなり大成する人。

僕はよく自伝を読むのが好きなんだけど、最近30代で大成する人は一定の法則があるんじゃないか、と思った。

①仕事でも遊びでも経験と知識が蓄積してる人

フリーライター岡崎武志さんという人がいる。この人は大学卒業後、非正規で国語講師をしていたが採用試験に受からず、30代の時に上京し、ライターになった人だ。この人は在学中から詩を自費出版したり、卒業後もしこしこ詩の雑誌に漫画を書いたり、友人と同人誌を出版したりしていた。

タモリは大学中退した後、福岡に帰り職を転々とするが幼少期の落語を聞く経験や、外国のラジオを聞いた経験、ジャズの経験が生きている。別に本業じゃなくてもこういう体験は大事なんだと思った。

②もちろん金。そのために働き続ける。

上記のライターの方も上京において金が人生を手助けしてるし、自力で無職から出版社を立ち上げた夏葉社の社長もそれまでの派遣社員で貯めたお金が手助けになっている。金大事だし、そのために働かなくてはならない。

③人脈。

これも超重要。上記のライターの人は会社が傾いてもその大阪時代のつながりから仕事につながっている。タモリさんも赤塚富士夫さんのつながりがなければ出てこれなかった。

30代で大成する人はこのような事がうまく組み合わさって成功しているように見える。とにかく行動あるのみ。

 

 

自分用メモ 秋田実「大阪笑話」より

①「誤解の笑い」・・・・「好きとスキーの混同」、「茶碗蒸しと茶碗・蒸しの混同」

②「誇張の笑い」・・・・「顔を思い出せない人が、いてそれが実の父親だった」、「あの女は二人の男をダメにしたんです」「一人はふった」「もう一人は?」「結婚したの」

③「矛盾の笑い」・・・・「僕は右手に拳銃、左手を剣を持ってこの手紙を書いてます」、「そんなこと、もっというて」、「そんなことございますわ」

④「繰り返しの笑い」・・・・「段取りするよ」という言葉の反復。

⑤ユーモアとナンセンスは違う。ユーモアはありうる笑い。ナンセンスはありえない笑い。

「火事で駆けつけたら新しい家が建ってた」→ナンセンス

「もしもし火災保険に加入したいのだが」「あすお宅へ伺います」「いやすぐ手続きしてくれ、今家が燃えているんだ」→ユーモア

「君が学ぶ学校の校長先生はどこ?」二階に石を投げる「窓から顔を出したのが校長」→ユーモア

容姿より気立てが大切という話で「顔なんかどうでもいい」「顔がなかったらどうする?」「まあそりゃあったほうが便利だ」

⑥「理屈の笑い」・・・・「節約第一というのにどうしてろうそく二本使ってるの?」「一本を半分にしただけです」、「もしお医者さん、私の眼はなんでこんなにかすむの」「なぁに年のせいよ」「でも私の左目は右の眼と同じ年ですがちっとも傷めない。」

回避性パーソナリティーに向く仕事とひきこもり・ニート。

以前、読んだ「生きるのが面倒くさい人」という回避性パーソナリティーについて書かれた本を再び、読んだ。そこには回避性に向く仕事が書かれてあった。

例えば書類作成を主とする専門資格職とか、公務員、ある程度ルーティンの事務職、技術職、ある特定の接客業営業職などである。

ここから見えてくるのは①人とあまり関わらず②コツコツできる③人と関わる仕事でも自分がかなり興味をもった物、と言えると思う。

これはかなり妥当意見だと思う。岡田斗司夫さんの「人生の法則 欲求で知る4タイプ」の法則型として当てはまるし、以前読んだ育て上げネットの本や自分が関わったニートの人達からも同じような事を感じる。

最近、大学の事がまことしやかに囁かれているけど大事な事はこのような自分の向き不向きを早めに知る経験なんだろうなと思う。そして世の中に自分の特性を満たす仕事がどれだけあるか、できたら世の中側がもっと示してくれたらありがたいのにな、とも思う。そうすればニート・ひきこもりが長期化しないからさ。

 

 

しゃべくり漫才、とは??

今年もM-1が始まるそうで非常に楽しみである。ところでM-1というと漫才であり、正統派漫才とはしゃべくり漫才というらしい。僕はどうもこのしゃべくり漫才という言葉が定義不明確なように思える。

例えばやすきよの漫才は談志師匠がいうように【やすし】というパーソナリティーがあってのキャラクター漫才だ。

一方でいとしこいしさんの漫才は巧妙なナンセンスギャグやウィットに富んだ展開がある。

例えば季節感が乱れてるという話になると、自分も冬に暖房いれすぎて夏と勘違いして須磨の海に行ってしまった、嫁さんもお盆と勘違いして実家に帰った、とか。

最近の面白い漫才師に、馬鹿よ貴方はがいるけど彼らもナンセンスギャグがあってよい。

ちなみにダウンタウンの漫才はそこにトム アンド ジェリーのようなカートゥーンのような発想や外国のジョークのようなユーモアが入っていた。であるがゆえに素晴らしかった。

いとしこいしさんのような真のしゃべくり漫才を見たいものだ。

 

地方で、ニートで、仕事探し。

今、ちょっと仕事探しが停滞してしまっている。ちょっとそれはなぜだろうか、考えてみたい。

①男性だと事務職を目指せない。

えーと年齢的な事もあるけど、男性だととにかく事務職ははじかれてしまう。

自分はあらゆる適性を見てどう考えてもコツコツした事が得意で事務職だろうという結論が出るんだけど、実際はなかなか採用されづらい。かといって営業所をやるほどの押しの強さもない。

②年齢

これが大きい。とにかく年齢でひっかかってしまう。大体、三十歳までの求人が多い。

③地方だと給与が安く、選べない。

まあこれはどうしようもないのかな。けど本当に低い。また仮にサポステとかでニートを脱出しても例えば、育て上げネットがやっているようなサポートを受けれないし、都内じゃないから選べない。内向的な人の選べる仕事は本当に限られている。

すいません、少し愚痴でした。