内向型人間の生きる道

内向型人間の生き方として考察した事を書いています。

ゆる~く働いてる男性が白い目で見られない国がうらやましい。

最近借りたツイッターでも活躍中のメイロマさんの「日本の女性がグローバル社会で戦う方法」の本で興味深いコラムがあった。

「日本だとゆる~く働いてる男って非人間あつかいされますわよね。男っぽい仕事しかさせないという営業やれとか。ただし日本以外だと男でもゆるんゆるんの仕事をしてても何も言われない。例えばイギリスですが、仕事が能力・経験主義だからその仕事のスペックに合えば男でも女でもあまり関係なく雇います。例えば男性で病院やら会社の受付をやっている人、結構います。ワタクシが通ってる病院でも総合受付にも専門受付にも男性のおります。若い人やら熟年もいます。最近は秘書にも男性が増えてましてちょっとした話題になっています。銀行の窓口やら送金担当者もそういえば男性多いんですよ。男性でも人の世話が好きだとか細かいことが好きだって人はいますからね。一方で女性で支店長、バスの運転手、インフラエンジニアも普通にいます。あの口うるさいイタリアでも男性事務員、男性保育士、男性銀王窓口います。」

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーうらやましい!

ニート脱出も,道は険しかった・・・・・・・

ニート脱出してもなかなか正社員の道は遠かった・・。最近、実感している。履歴書も何人もの人にみてもらった。面接対策もした。80社近く受けた。だけど受からないどころか最近は履歴書すら通らない。

時間は残酷に時を刻んでおり、もう元には戻れない。20代のロスやツケが回ってきているのである。

このままワーキングプアか、生活保護を受給する未来になってしまうのだろうか。

今大学生/高校生の、特に内気な人に言いたい。

新卒でよい職場に入るべし、そうじゃなければ死が待っていると。給料が良く、安定したよい職場はほとんどコミュニケーション力の高い人が持って行ってしまう。そしてそこに着けた人は御の字である。

 

とにかくもう就職活動疲れました。

黒沢 清監督の講演会に行ってきた。

京都精華大学で行われた黒沢 清監督の講演会に行ってきた。最近の黒沢監督の映画は正直、ダメな作品が多いと思うけど、それでも893taxi、ニンゲン合格、蛇の道、神田川淫乱戦争、叫など大好きな作品がたくさんある監督なので行って損はないと思いはるばる京都に来た。会場は山の上の方にあり、芸大らしく何かの製作している学生が多く、とてもいい雰囲気だった。(黒沢監督もそこをおっしゃられていた)。監督は時折、村上春樹的な軽妙なユーモアを混ぜながら、幾多の映画監督が映画にフィクションを持ち込んできたかを例を挙げて、語っていた。

【工場の出口】

まず、映画の起源はリュミエール兄弟工場の出口から始まっていると述べていた。そこには大量の人が工場から出ていき、馬車なども出てくる。そこには着飾った女工やカメラ目線など明らかにカメラを意識ている風な人が出てくる。そこにはただの何かを映したのではない、演出の意図のあるショットが存在していたと監督は語る。まず、あんな大量の人が出てくるわかがないと。これは確かにそう思った。また大量の人が出てくる中での馬車が出るタイミングも最高だった。

この後、ヒッチコックのサイコのシャワーシーンやペールライダーの反撃シーン、ジョーズの冒頭の男女のかけっこ、小津の風の中のめんどりの階段落ち、など理屈に合わない映画のシーケンスにツッコミをいれ、映画監督が現実というショットを重ねて、映画という虚構を作ってきた事を物語る。ここらへんは黒沢ファンなら黒沢監督の本で読了済みだろう。

【アニメは映画ではない】

これは強調しておっしゃられていた。アニメは物語を効率的に語るのにはいい、と。その理由は詳しくは聞けなかった。自分が思うにアニメは映画と違い、虚構から虚構を作るのであり、映画は現実から虚構を作る、その違いはあると思う。映画の場合、作者の意図と異なる物が映像に入り込んでくる可能性があるがアニメは完全にコントロールされた状態なんじゃないかなぁと。最近、気に入ったアニメは「モアナと伝説の海」であり、アナ雪よりいいと言っていた。

【映画の危機】

映画がフィルムから、デジタルに変わる事や様々なメディアがある中で映画が今後、生き残っていく事は厳しいんじゃないか、と言っていた。かなり危機感を持っているようだった。

最後に2、3質問が出ていたのだけどそこからアメリカ映画がやはり好きだという事、アメリカ映画を日本の土壌でやりたいとおっしゃっていた。そこも一貫して変わらないようだった。

 

最近、いいな!と思った自分の強みの見つけ方

先日、図書館で借りてきた「アスペルガーとして楽しく生きる」という本でアスペルガーの様々な困難などを書いている本を読んでいるんだけど、これがすごく参考になる。例えば、自分の強み・才能の見つけ方はこうである。

①初めて取り組んだにも関わらず、うまくいった事

②それに関する知識・技術の吸収が早い。

③吸収した知識・技術を高速で高水準まで伸ばせる

④その知識・技術を円滑に使いこなせる事ができ、かつ美しい。

例えばカウンセラーをしていて「特別なトレーニングを受けていないんだけど,クライアントの心を開いてしまう」とかね。その他にも「文章を書くのが昔から褒められていた」とか「本音を聞き出すのがうまかった」とか「自然と自分の前に人が集まるタイプだった」とか、「速読超はえー」とか。ではどうすればそれを見つけられるか、それは過去をさかのぼるしかないみたいです。

ちなみに作者は、土木工事・清掃・接客様々な仕事をしてもアスペルガーで首。それからどう生きるか考えて過去をさかのぼったらしいです。自分の学生時代からの通信簿、自分の周りの人からの評判を聴いたり、自分の通っていた中学校・高校を訪ねたり、家でした実家で過去の自分の好きな定位置でソファでくつろいだりと。

その中で「部活動での先輩・同期へのマッサージ」が得意、「手かざし」といった人に触れる事で落ち着かせる事なら得意だし、褒められた経験があると思い出しヒーラーになろうと決意します。

またこれも参考になったのですが、アスペルガーの向く労働環境は

①無駄なストレスが発生せず、情緒が不安定にならない

②効率的に業務に取り組める

③高度なコミュニケーションを要求されない

④長時間そこにいられる

などであり、またアスペルガーの長所としては

①論理・構築が得意、手順を洗い出し、マニュアルを作る

②社会通念に対する意識が高い

③意志力・継続力・習慣力が強い

④知識欲が強い

⑤使命感が強い

⑥純粋・素直な人が多い

⑦他社に優しく、親切であるなどがあるみたいです。これは内向的な人にも割と十分あてはまるのではないでしょうか?

ちなみに僕が得意な事は何かと今日、通信簿などを振り返っていると思ったのは以下の事です。

・ユーモアのセンスがある・ほがらか・立場的に弱い人に優しい・記憶力が抜群にあり国語・社会に強い・分からない事は素直に聞く、があるみたいな感じですかね。はぁ~何が向いているんだろう・・・

ファッションがダサくて(ダサかった)、行く店が決まってる人が好きだ。

まあクリエイティブな人の事なんだけど笑。

ファッションがダサかったり、行く店が決まってる人は往々にして自分の頭の中に興味がある、いやありすぎる人が多い。だからあまりどう外から見られているとか気にならないし、常に自分の安全基地を作りたがる人が多い。無口だったりするんだけど、実は話したら面白かったりする。

オードリーの若林とかもあまり服装に興味がなかったりするらしい。理系の人とかもそうだよね。ぜひこういった地味な人を応援したいし、友達になりたいと思った。

普通じゃない人が、リーダーをやってもよいのか?

ものすごく変な考え方だけど普通じゃない人がリーダーをやってもよいのか?という謎の考え方が自分にはある。

・今まで生きてきてリーダー経験ほぼなし

・異性との友達はいたけど、交際経験ほぼ無し

・臆病

・部活動などやった事がなく、続いた事がない。

これだけ生きてきて自分はこうした一般人とは違う普通じゃない、という自覚がある。そういった人間なのだが男性なので上に立つ事を求められる。自分はそれにふさわしい人間なんだろうか?とまぁ余計な事を考えてしまうのである。

何かをやっていない事も、何かをやってるんだと思うんだけど・・・

福祉とかそれに関連するNPOは当然、補助金を国からもらっている。そういう時に国から「何か当事者が活動した証拠を見せろ」と言ってくる。だから当事者はそれを証明しなくてはならないらしい。

僕はそれにいつも疑問がある。それは「何かをやっていない事も何かをやっているんじゃないかな?」と。

例えば、ひきこもりとかの居場所には集まって話すだけで何か肩の荷が降りる事がある。すごく気分が楽になる事もある。それをただ雑談するだけととらえるのが疑問だ。

福祉だけではない。職場においてもそれがはたして有効なのか考えず「がむしゃらに工夫する事が正しい」みたいな風潮があると思う。

以前、ひきこもりの支援者で人との沈黙が気にならないという人がいた。私もそれに賛同するが、なにか行動する事・なにか工夫する事・しゃべる事が善みたいな感じがあるような気がしてならない。

いや支離滅裂な文になってしまった・・